自分が変われば世界が変わる
「人生を変えたい」と思ったその日から、果てしない旅は始まりました。
2007'11.25 (Sun)
願望を手放す - 周辺を埋めるという事
「親指を描く時は、親指ではなく親指の周りの空間を描け」という話がある。対象ではなく、対象の周りを埋めてゆくと、自然に対象が浮かび上がるという事だ。何度か耳にした話なので、先程WEBで調べてみると、美術教育者のベティ・エドワーズ博士の言葉との事。
博士の著書も見付けた。
脳の右側で描け

この場合、自分にとって最大の願望は親指ではないかと今朝閃いた。途端に電流が全ての回路を繋げてくれた。
最大の願望がある。それを叶えようとばかりするのではなく、願望の周辺(日常生活や他の副次的願望)を一つ一つ丁寧に果たしてゆく。周囲が埋まって調和が取れた時、最大の願望もまた、自分の為に誂えられた場所に嵌るのではないか。パズルの最後のピースの様に。
願望は忘れた頃に叶うと言うが、私には最大の願望を忘れる事は出来ない。ならば、その願望の周囲を手を掛けて埋めれば良い。そちらに集中している間は、(完全に忘れられなくとも)最大の願望へ向かう意識量が多少は減る筈だ。
「手放す」とは、この事だったのではないかと思うと、何もそう怖い事ではない気もしてきた。
過去もそうだ。過去だけで時間が形成されている訳ではない。現在、未来があってこその過去。逆もまた然り。三者が揃って初めて時間という概念が出来上がる。直接我々が手を下せるのは現在だけだ。ならば現在を丁寧に生きる事で、過去や未来もまた活きてくるのだろう。そして究極的には過去・現在・未来の境界は無くなり、時間という完全体が浮かび上がるのかも知れない。
もう一度話を願望に戻せば、最大の願望とその周辺が埋まった時、境界は消えて一つの完全な世界、完全調和が生じるのかも知れない。
宇宙はそれを目指しているのではないか、ふと思った。
Lio Valente
【More】
これは、昨日今日とラピ。さんの11月23日〜25日の記事を読んでいて気付いた事です。ラピ。さん、ありがとうございます。
昨夜、問題に対する答えが欲しいと思いながら寝て、今朝この考えを頂きました。とてつもない事です。感謝しています。全ては必然。
運命はとてつもないものだと思いました。
こちらこそ、読んで下さってありがとうございます

そっか、なんか、今の私に使えそうだなと思いました。周りを埋めてどうにかしたいです

素晴らしいお話ですね。
私も昔このような経験をしたことがあります。1999年の話ですが・・・。
2年後にとある有名劇場で私がもっとも得意とする作品を公演するといぅのを聞きました。もちろんオ−ディションしてもらいたいと思いこの舞台に立てたら本望と劇場支配人に電話を入れたりいろいろ手を尽くしたのですが当時まだ無名でおまけに東洋人で全く相手にされませんでした。それでも最初の1年はこの件に執着してここのオ−ディションを受けさせてもらうには・・・とあれこれ手を打ってみましたがだめでした。1年が過ぎて疲れてしまってこれだけ手をうって手ごたえが無いんだからもうこれに執着するのはやめようと他の劇場のオ−ディションに行ってそちらの劇場と契約が決まりました。するとそこの音楽監督が私の履歴を見て君○○劇場が来年君の得意な演目やるのを知ってるかい?って。彼はその日のうちに○○劇場の支配人に「うちの劇場の歌手がその演目にピッタリなので推薦する」と電話を入れてくれその次の日には思いもかけぬオ−ディションの招待の電話が入り結局この夢にまで見た劇場でのデビュ−が出来ました。あの時違う劇場に目をやって願望を一瞬手放して本当に良かったと思ってます。時には捨てることも大切なんですね。
願望の周囲を埋めるというのは、願望の場所を用意する事なのかも知れないと、お話を拝見しながら思いました。
望んだ時から、願望を叶える力が働きます。逆方向へ向かっている様に見えても、それは願望に続く道なのです。嫌がって避けた方が、きっと遠回り。運命と自分の思いを信じて、用意された道を歩く方が、きっと良い。
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