Chi dice quel che vuole, sente quel che non vorrebbe.【第147回】
今日は。今日も御訪問有難うございます。
どんどん起きる時間が遅くなっています!ディナモの記事が面白過ぎます!!最近では面白い文章、話の面白い選手などが分かってきて、より楽しくなっています。
『GRAMMATICUS - 文法人』で現代日本語の敬語問題について一区切りつけてきた後ですので、更新がすっかり遅くなってしまいました。
今日は、イタリア語の諺をまず紹介します。なかなか本日の話は露骨かも知れませんので、心積もりの程、お願い致します。
Chi dice quel che vuole, sente quel che non vorrebbe.
「言いたいことを言う人は、聞きたくないことを聞くことになる。」
(『伊和中辞典』より)
イタリア語を始めたばかりの頃に、この『伊和中辞典』を買ったのですが、まさかこの様な形で皆様に御紹介する日が来ようとは、当時は夢想だにしていませんでした。まして、これから行うような解釈をするとも思っていませんでした。
この諺は衝撃的でした。「人の嫌がる事を言うから、自分も嫌な事を言われる」。そんな体験ばかりしていましたから、随分耳が痛かったものです。それでもなかなか改善出来なかったのは余談です(汗)。
さて、自分が話したい事ばかり話していては、誰も相手にしてくれなくなるのが一般です。ですから相手の話も聞くわけですが、それが必ずしも自分にとっても興味深い話とは限りません。そこで、「自分の話したい事を話す為に、聞きたくない事も我慢して聞く」事になります。場合によっては「自分の話したい事は十分話せていないまま、相手の話ばかり聞いて終わった」と不満に感じるかも知れません。さらに、相手も同様に思っているかも知れません。
近頃では、相手に自分の話を「聞いて欲しい」というよりも、自分の話したい事を「話したい」気持ちの方が強い場合が多いのではないだろうかと感じています。
ただ自分の話を聞いて欲しいだけなのに、こちらの話が終わる前に相手が遮ってきて、相手側の意見や助言を話し始める事もあります。折角親切で話してくれているのに、「意見が欲しければ最初からそう言うのに、頼みもしない事を」と罰当たりにも思う場合がありますが、自分がどう思おうが、少なくとも自分に「相手に頼まれてもいない自分の話」をする自由があると同様、相手にも自分の意見を話す自由があります。
ついには「話したい事を話す為に、相手の顔色を見ながら聞きたくない事を聞く我慢」、さらには「我慢して聞いたのに、ろくに話をさせてもらえなかった不満」、そして「話せば話すほど人間関係が悪化する悪循環(こんな考え方で接していては当然です)」が嫌になって、必要に迫られない限り、自分の話をするのは止めました。
これが結果としてストレスの大幅削減に繋がったのですが、その方法と経過については明日以降お話してゆきます。
追記
今回の記事は、正直に申しますと誤解を招くのではないかと発表を躊躇った面があります。それでも書きましたのは、矢張り書きたいと思った事を書いてゆこうと考えての事です。
皆様がコメントに下さる御意見を有難く思っていない訳ではありません。寧ろその逆です。有難いからこそ、ブログを書いています。
私は書きたい事をすべて書いた上で記事を投稿しています。皆様の御意見を聴きたいから、ブログを発表しています。そうでなければ、「話をしない」と決めたと同様、「ブログを書かない」選択もあります。寧ろその場合はそうすべきと考えています。
「意見が要らないから話さない」という選択もあれば、「意見が欲しいから話す」選択もあります。私がここでしているのは、後者です。少しでも多くの方と出会いたいと考えますのも、多くの方から学ばせて頂きたいからです。言葉不足で不愉快な思いをされた方に、深くお詫び申し上げます。
そう考えるに至った過程も今後御紹介してゆきますので、宜しければ合わせてお読み下さいませ。改めて申し訳ありませんでした。
最後まで読んで下さって有難うございました。希望を持てば、今日は昨日よりもっと良い日になります。今日も皆様が幸福に過ごされます様に。
今日の一言:言いたい事を言わなくても、寧ろ言わない方が会話が楽しくなる場合もあると知った。
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今日は余談を少々…。
『伊和中辞典』は凄い辞書です。ロシア語にもこれだけ懇切な辞書があれば…。メジャーではない言語を学ぶ時に直面する問題の一つに辞書問題があるのですが、本屋さんや図書館で、あまり知名度の高くない言語の辞書があれば是非開いてみて下さい。いかに国語や英語の辞書が使いやすいかお分かり頂けると思います^^;
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コメント
伊和中辞典はいいですね。欲しいと思いながらまだ買ってません。本当に必要な時に、最新の版が欲しいからなのです。私が伊語の辞書を買ったのは昭和63年なので、大学書林の辞書しか手に入りませんでした。初版昭和37年だから、ちょっとね^^;
田舎には、自分のことを話したい人がいっぱい!
ネタ探しにはもってこいですわ^^
No:683 2005/11/05 15:36 | rise #swS.pImUURL[ 編集 ]
こちらのブログには、今まで「意見」をたくさん書いちゃった。
ごめんなさいね。
No:684 2005/11/05 15:40 | Hikari #-URL[ 編集 ]
コメント
Lioさん、こんにちは。KEIです。
ブログのコメントについても同じことが言えそうですね。
ブログの管理者は記事に対しての感想を求めていると思いますが、必ずしも十分な感想が帰ってくるものではないと思います。
中には、迷惑コメントのように自分のことだけをのこしていくこともあります。
そろそろ話を止めにしますね。ぽち。
No:685 2005/11/05 15:59 | KEI #-URL[ 編集 ]
今はほんと自分の話をしたがりナ人って多いですね^^;
相手から求められてはじめて話をするほうが、
スムーズに話の流れが出来てきますよね。
基本は聴き上手でないとですね。ぽちっ
No:686 2005/11/05 16:14 | 笑顔整体の院長 #-URL[ 編集 ]
有難うございます
>riseさん
古い辞書にも良い面があるので、大学書林の辞書も大事にしてあげて下さいね^^新しい版では削除されるものもあるので…
例えばオックスフォードの英英辞典は、4版と6版を持っていますが、4版が一歩進んだ勉強をしたい人向け、6版は日常生活で活用したい人向けなので、対象とする読者が違う、どちらが良いとも言えない状態です^^;
>Hikariさん
いえいえ滅相もない。
誤解をされそうで、今回の記事は躊躇ったのですが、御意見を頂くのがが嫌ならブログは書きません。
御意見は有難く頂いています。私は書きたい事を誰にも遮られず書く自由があります。どうかお気になさらないで下さい。言葉足らずで、本当に申し訳ありません。
>KEIさん
宣伝目的の、記事の内容とは全く関係ないコメントはどうかと思いますが、記事を読んで、記事から感じた事は大切なその人だけの感想、私は有難く頂戴します。
皆様のお話から学ぶ事も多いので…今は「聴く方が楽しい」のです。これからも沢山お話聴かせて下さいね。
>笑顔整体の院長さん
視点を変えて、相手の話をとことん聴く様にすると、意外と楽しいと分かってきました。
それに、仰る通り、相手の質問に答えれば、相手の「聴きたい事」を話せるので会話がスムーズになりますね^^
No:687 2005/11/05 16:36 | Lio #YZ0P4Y7kURL[ 編集 ]
話したがり屋のB型です(笑)
Lioさん、こんにちは!
いつもヴァレが元気で何よりです(笑)。
結構ヴァレと遊んでいるんですよ(爆)!
そうですね、、、Lioさんのブログですから、Lioさんが思いっきり感じたことを表現すればいいのでは(^^♪
No:688 2005/11/05 21:59 | 瀧口登琉 #-URL[ 編集 ]
Lioさん、こんばんは。
う〜ん、僕が勝手に思うことですが、
やっぱ育った環境ってあると思うんですよ。
自分を受け入れてほしい(認めてほしい)っていう
欲求がしっかりと満たされて成長しているほど
早い段階でそのことに氣がつき(無意識でも)
しっかり受け止めてから話すことが出来るように
なるんじゃないかと思います。
めっちゃ興味があって興奮することとかは別ね(笑
ま、臨機応変に対応できるのがいいんですよね♪ぽち
No:689 2005/11/05 23:54 | ノブ #-URL[ 編集 ]
言いたいことを言う人は、聞きたくないことを聞くことになるっていい格言ですね。
人の話を聞くって大事ですよね!
No:690 2005/11/06 12:45 | イヴォンヌ #XVgCdbeEURL[ 編集 ]
有難うございます
>瀧口さん
ヴァレと遊んで下さって有難うございます^^とっても嬉しいです!
自分が感じた事を書くのが一番と思っていますが、公開している以上、読んで下さる方に配慮する必要があるので、バランスが難しいです(汗)。言わずもがなの事もありますし…社会で生きる以上当然の規則ですが…^^;
>ノブさん
私も環境の影響はあると思います。
昨日ずっと考えていたのですが、話をさせてもらえないと言うのは、自尊心が傷付く場合もありますね。
私も何とか周囲に認められて自尊心を保とうとして、話を聞いてもらおうと躍起になっていた頃があります。結局それでは傷口が広がるだけだったので止めましたが^^;
本当に、興味がある事は別ですね^^
それに、話し手が楽しんで話している時って、聞き手にとっても楽しい場合がありますね。たとえ話の内容は興味のない事でも、楽しそうに話す姿に喜びを感じる。そうなれば、会話はもっと楽しくなると思います^^
>イヴォンヌさん
聴き手になっている方が楽しい事が沢山あると気付きました。こんなに楽しい事なら、もっと早くしておけば良かったと今は思います。その気付きはこれから記事で書いてゆきますね^^
No:691 2005/11/06 14:02 | Lio #YZ0P4Y7kURL[ 編集 ]
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