役割
「あいつさえいなければ」「あんな事が起らなければ」
何度思ったか分からない。
が、昨日ふと閃いた。
そういったもの(者・物)は、それ自体の存在にではなく、それらが与えられている役割に本質があるのではないか。
それらは今必要とされている、ある役割を果たす為に選ばれ、そこに納まっている。その役割が必要とされている以上、役割を果たすものが消えても、またその役に相応しいものが選び出されて据えられるだけではないか。その役割が必要とされる限り、「あいつさえいなければ」「あんな事が起らなければ」と思い、首尾よくそれらを排除し得たにしても、それこそ際限なく同じ様な「あいつ」や「あんな事」が出てくるのではないか。
ならば、そこから何を学べるかを考えた方が良さそうだ。学べるだけ学んでしまえば、その役割の必要性がなくなるかも知れない。そうすれば、自然にその役割を果たすものも姿を消すだろう。
そして恐らく、自分にも役割がある。気に入らない役割だからと逃げても、その役割に自分が相応しい限りはどこへ逃げても同じ様な役割を割り振られるのだろうと思う。
どうしても嫌なら、その役に相応しい自分を変える事だ。やりたい役割に相応しい自分になる事だ。
言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus
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