2008.04/28 (Mon)

軌道修正 〜信〜 

自分の事も

自分が置かれた状況も

一番分かっているのは自分

なのだから

他の誰の助言よりも

自分の直感こそが

信ずるに足ると分かった


状況を打開出来るのも

望みを叶えてくれるのも

自分しかいないし

逆に

自分さえいれば十分なのだった


そもそも

この人生を実現する為

我等は生まれたのだった

Lio Valente

EDIT  |  14:41  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(2)  |  Top↑
2008.04/08 (Tue)

スパイラルシフト 

自分は自分で作る
世界は自分で作る

そうだと思う通りになる

例を挙げよう

自分は怠け者だと思っていれば
行動も怠け者の行動になる
怠け者である事が当然になる
怠け者スパイラルに嵌って
どんどん怠けてゆく

実際怠け者でも

自分は働き者だと思っていれば
行動も段々変わり
気付けば働き者になって
働き者である事が当然になる

怠け者スパイラルが
働き者スパイラルになり
すらすら身体が動く

このスパイラルシフト
起こすのは少々骨だが
起こしてしまえば後は乗るだけ

Lio Valente

EDIT  |  02:01  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2008.03/16 (Sun)

欠乏 

何かを欲しくなる時の話。

価値、主観的でも客観的でもどちらでも良いのだが、価値があるから欲しくなるのではなく、欠けているから欲しくなるのかと、さっき不意に思った。

そう思うと、欲しい気持ちも自分が欲しいものも何となく分かってきた気がする。どうしてこんなものが欲しいのだろうと疑問を持つ事も減りそうだ。

Lio Valente

EDIT  |  23:38  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(2)  |  Top↑
2007.11/25 (Sun)

願望を手放す - 周辺を埋めるという事 

最近、「願望を手放す」「過去を手放す」等と、「手放す」をよく目にするようになった。怖くて目を背けていた。

「親指を描く時は、親指ではなく親指の周りの空間を描け」という話がある。対象ではなく、対象の周りを埋めてゆくと、自然に対象が浮かび上がるという事だ。何度か耳にした話なので、先程WEBで調べてみると、美術教育者のベティ・エドワーズ博士の言葉との事。

博士の著書も見付けた。

脳の右側で描け


この場合、自分にとって最大の願望は親指ではないかと今朝閃いた。途端に電流が全ての回路を繋げてくれた。

最大の願望がある。それを叶えようとばかりするのではなく、願望の周辺(日常生活や他の副次的願望)を一つ一つ丁寧に果たしてゆく。周囲が埋まって調和が取れた時、最大の願望もまた、自分の為に誂えられた場所に嵌るのではないか。パズルの最後のピースの様に。

願望は忘れた頃に叶うと言うが、私には最大の願望を忘れる事は出来ない。ならば、その願望の周囲を手を掛けて埋めれば良い。そちらに集中している間は、(完全に忘れられなくとも)最大の願望へ向かう意識量が多少は減る筈だ。

「手放す」とは、この事だったのではないかと思うと、何もそう怖い事ではない気もしてきた。

過去もそうだ。過去だけで時間が形成されている訳ではない。現在、未来があってこその過去。逆もまた然り。三者が揃って初めて時間という概念が出来上がる。直接我々が手を下せるのは現在だけだ。ならば現在を丁寧に生きる事で、過去や未来もまた活きてくるのだろう。そして究極的には過去・現在・未来の境界は無くなり、時間という完全体が浮かび上がるのかも知れない。

もう一度話を願望に戻せば、最大の願望とその周辺が埋まった時、境界は消えて一つの完全な世界、完全調和が生じるのかも知れない。

宇宙はそれを目指しているのではないか、ふと思った。

Lio Valente

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2007.11/11 (Sun)

言霊について 

ある人の口から、他者への誹謗を聞いた時、思った。
その言葉は相手よりも寧ろ、発言者自身に当て嵌まっていた。

そこでさらに思考が走った。子供の頃聞いた言葉。

「馬鹿って言った人が馬鹿なんだ」

ずっと子供騙しだと思っていた。思ってい


発した言葉を最初に聞くのは誰か
発した本人だ
一番近くにいる本人だ

書いた言葉を最初に読むのは誰か
書いた本人だ
一番近くにいる本人だ

言霊の影響を最初に受けるのは誰か
音も光も伝播するのだから
言霊の一番近くにいる者ではないか


怖ろしくなった。

潜在意識に主語はないとも聞く。
潜在意識は言霊を無条件に受け入れる。誹謗も賛辞も全て。

さらに思い出す。他人を褒めれば、その人と同じレベルになれる、とも。

他人への誹謗が自分を蝕み、他人への賛辞が自分を高めるとすれば、
どちらも同じ原理が引き起こす現象ではないのか。

言葉を大切に。
またしてもあまりにも守られていない当たり前だ。

口に出した瞬間、思考は現実になる。始めは音という物理現象に。
そして次は…?

気を付けた方が良い。

Lio Valente

EDIT  |  10:19  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(9)  |  Top↑
2007.10/21 (Sun)

信じられないかも知れないが 

信じられないかも知れないが

人生は自分が考えている方向へ進む様だ

時として変化が微小故に

時として退歩する故に

気付かないかも知れないし

それ故

信じられないかも知れないが

確かに人生は自分が考えている方向に進む

意識すればきっと分かる

そして

意識して初めて舵を取れる

思いは現実化すると言う

意識する事で

どれを現実化するかも

ある程度決められるという事だ

信じられないかも知れないが

Lio Valente

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EDIT  |  12:46  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(6)  |  Top↑
2007.10/01 (Mon)

自明 

誰からも好印象狙うのはやめた
一人が嫌だからと嫌な人とつるむのもやめた


それが良いね

だってうまくゆかないんだもの

そりゃそうさ

心のどこかで避けるのか
こちらがあちらを嫌な様に
あちらもこちらが嫌なのか


そんなに難しく考える事じゃあないと思うがね
嫌は嫌でいいだろうよ


自分は自分
相手は相手

何を今さら

自分らしくと言うけれど
そもそも自分って何だろう


やだな
今ここにいるあんただよ
それ以外の何だって言うんだね


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EDIT  |  23:02  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(3)  |  Top↑
2007.09/29 (Sat)

役割 

「あいつさえいなければ」「あんな事が起らなければ」

何度思ったか分からない。

が、昨日ふと閃いた。

そういったもの(者・物)は、それ自体の存在にではなく、それらが与えられている役割に本質があるのではないか。

それらは今必要とされている、ある役割を果たす為に選ばれ、そこに納まっている。その役割が必要とされている以上、役割を果たすものが消えても、またその役に相応しいものが選び出されて据えられるだけではないか。その役割が必要とされる限り、「あいつさえいなければ」「あんな事が起らなければ」と思い、首尾よくそれらを排除し得たにしても、それこそ際限なく同じ様な「あいつ」や「あんな事」が出てくるのではないか。

ならば、そこから何を学べるかを考えた方が良さそうだ。学べるだけ学んでしまえば、その役割の必要性がなくなるかも知れない。そうすれば、自然にその役割を果たすものも姿を消すだろう。

そして恐らく、自分にも役割がある。気に入らない役割だからと逃げても、その役割に自分が相応しい限りはどこへ逃げても同じ様な役割を割り振られるのだろうと思う。

どうしても嫌なら、その役に相応しい自分を変える事だ。やりたい役割に相応しい自分になる事だ。

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EDIT  |  12:31  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(7)  |  Top↑
2007.09/12 (Wed)

備忘録 

自分だけが辛いのではなく

自分も辛い

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2007.08/22 (Wed)

再生産 

自分が痛いから

苦しいから


それを分かって欲しくて

人に痛みや苦しみを与えても


その人にとってそれは

その人自身の痛み苦しみであって

こちらの痛みでも苦しみでもない

全く違う苦痛を再生産するだけだ


欲しければ

与える事から

愛されたければ

愛する事から

苦痛を和らげて欲しければ

相手の苦痛を和らげる事から


そこから始めよう

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昨日バキュームフェラさんの記事を読んで、感じた事が漸く言葉になりました。

バキュームフェラさんと、読んで下さった皆さんに感謝!
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EDIT  |  23:43  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(2)  |  Top↑
2007.08/18 (Sat)

期待過剰 

私から離れていった人達の事を

考えていて一つ気付いた


好きになった人には

自信を持って欲しくて

機会があれば褒めて

いつも励ましていた


貴方はもっと出来る人だと

時には背伸びしなければ届かない事も

場合によっては背伸びしても難しい事も

私は本人の為だと信じて

明るく果てしない予言をした

本人が望む未来を超えた未来さえも


それは本人ではなく

私の期待に過ぎなかった


あるがままのその人達を

好きになった筈なのに

いつの間にか

その人達を変えようとしていた


やがて一人二人と去っていった

叶わなかった予言と共に

言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus

変えられるのは自分だけ
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EDIT  |  16:40  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(2)  |  Top↑
2007.08/12 (Sun)

有るものへの感謝 

無いものに憧れて
有るものへの感謝を忘れる

よくある事さ

それがどれ程恐ろしい事かは

自分が欲しいものを
持っている人が

自分の目の前で
それを蔑ろにした時

痛い程分かったよ

ねえ

君が今持っているもの

それが欲しくてたまらない人が
どこかにいるんだよ

だからさ
大事にしてよ
少しでも良いから

悲しいよ

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EDIT  |  02:33  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(2)  |  Top↑
2007.07/30 (Mon)

覚えておくと良い 

覚えておくと良い

試練は

もし

それが

どうしても受けるべき試練なら

避ければ避ける程

さらに大きくなって先回りしてくる


こんな事なら

もっと早く受け入れるべきだった


そう君が言わずに済む事を

願っている


そして

運命は君が大好きだという事も

覚えておくと良い

言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus
EDIT  |  22:39  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.07/26 (Thu)

絆 

絆とは

一緒に過ごした時間の量でもなく
一緒にした事の数でもなく

どれだけ相手を信じているかだと思う
EDIT  |  19:30  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.07/25 (Wed)

戦い 

唐突ですが、今年の3月で前の仕事を辞めています。


普段から少ない休みが繁忙期にはなくなり、自分の時間を持てない。

心労が溜まる一方の仕事を疲れが取れないまま繰り返し、成績が上がらない為に毎日が針の筵。

たった1年で辞めてしまう事と、これは逃げなのではないかという不安。



けれど、以前riseさんが言ってくれた言葉。記憶頼りで、そっくりそのままではないかも知れませんが…

解決すべき問題は、逃げても追いかけてくる。

覚悟を決めました。

そして今7月が終わろうとしています。前の職場の問題は何一つ今の職場では起きていません。あれは逃げても大丈夫な問題だったのだと、安心する反面、以前はなかった問題が起こりました。

今回の問題は様々な要因が絡み合って、どう解決出来るか皆目見当がつきません。

何度も辞めるという選択肢が頭を過っています。

けれど、今回は闘いたい。大袈裟かも知れませんが、今後の人生を掛けているから。

状況の中で精一杯戦います。

否!ナポレオンの様に状況は自分で作るもの!!

共に頑張ろう、戦友!!

戦いが終われば戦記を書こう。戦っている仲間の為、新たな戦いに向かう未来の自分の為。

闘う文系人間
言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus
EDIT  |  01:33  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(2)  |  Top↑
2007.07/22 (Sun)

なんて幸せなんだろう 

お早う御座います。いつも御訪問有難う御座います。

あまりこういう事は書きたくなかったのですが、最近、試練続きで精神的にまいっています。

そして無性に涙脆くなっています。昨日から何度も泣きました。

参考にしているブログを読んでいる時

意味もなくなんて幸せなんだろうと感じた時

今迄親切にしてくれた人を思った時

ぼろぼろ涙が出て来ます。

昨日今日と読み続けているブログです。以前御紹介したブログもありますが、改めて御紹介致します。(50音順)

angel 〜 助けてエンジェル

絶対、大丈夫!しあわせを呼ぶブログ

潜在意識で願望を達成しよう

ホウホウ先生の開運ブログ

試練は乗り越えられる人の所にやって来る。そう信じて頑張ります。

私は信じています。この試練を乗り越えた私が、同じ様に頑張っている人達の役に立てる灯が来ると。

大丈夫、皆ツイてる、幸せ!!有難う御座います!!

読んで下さって有難う御座います!
言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus
EDIT  |  11:55  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(4)  |  Top↑
2007.07/21 (Sat)

信愛 

100信じたら100応えてくれなければ

信じられなかった


こちらが愛した分だけ愛してくれなければ

愛せなかった


ある日

そういうのは違う気がした


信じたいから信じる

愛したいから愛する


命綱なんて要らない

手放しで人の中へ飛び込んで行こう


信じる人の中へ

愛する人の中へ


たとえ予測を誤って怪我をしても

信じる喜びは

愛する喜びは

それ以上に大きいから


信愛する全てに感謝して

今日も精一杯跳ぼう


有難う以外

人にかける言葉が見当たらない

何て幸せなのだろう


言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus

EDIT  |  10:20  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.07/15 (Sun)

仲が良いと言う事 

今晩は。今日も御訪問有難う御座います。

大人げない事に、観たいテレビ番組で母と少し揉めました。結局私が怒って部屋を出て行ったので、私が譲る形になりました。

母がその番組をどれ程楽しみにしているかも知っているし、その前に譲ってもらっていたのにと、恥ずかしくなりました。周囲の人と仲良くしよう、穏やかに暮らそうと思っていたのに、台無しにしてしまった後悔に苛まれました。

けれど、私もどうしてもその番組が観たかったのです。母も自分も観たい番組があって、それで衝突しただけです。日頃お世話になっているのだから、私が譲るべきとは個人的に思いますが、「衝突があってはならない」とまで思う必要はないのではないかと感じ始めました。

何一つ揉める事無く穏やかに暮らせるなら、それが良いとは思います。けれど、以前書いた内容とも重なりますが、常に負の感情や自我を抑制し続けなくても良いとも思います。それらも自分の一部です。

あまり自己中心的では困りますが…

そう言った面をぶつけあってもなお仲良く出来る事、きっとこれは素敵な事。

そう思うと、さらに考えが進みました。

私はずっと、誰にも愛されていないと思ってきました。家族すら心底信用出来ませんでした。友人・知人は尚更です。一人で出口のない孤独の中で生きていると思っていました。

多分、それは違うのでしょう。私が誰にも愛されていないと言うより寧ろ、私が誰も愛していなかった。

愛する事が怖かったのかも知れません。今迄に二度「好きだ」と面と向かって言われましたが、私はどちらにも返事が出来ませんでした。

もし、この人の自分への愛情より、自分のこの人への愛情の方が大きかったら、自分が傷付いてしまうと思ったのかも知れません。打算的に過ぎたのかも知れません。

誰かに愛されれば、その人を愛してしまうかも知れないから、愛されたいと思いつつ、どこかで愛される事から逃げていた気がします。「自分なんて嫌われて当たり前。孤独の中で生きれば良い。その方が気楽だ」等と、自分の殻に閉じこもっていた気が。


もう良いんだよ、そんな事。
愛したい人を、物を愛すれば良いよ。

だって、好きな気持ちは気持ち良いでしょう?
向こうがこちらをどう思うかは、
向こうに任せておくさ。


言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus

観たかった番組です↓

http://www.nhk.or.jp/inca-maya-aztec/ja/home.html

EDIT  |  23:50  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.03/26 (Mon)

当たり前と難しいの関係 

今更だけれど
当たり前の事こそ難しいね

難しいから何度も練習するんだよ
当たり前のように出来るまで

ああ
だから当たり前の事は難しかったのか

言葉を漂泊する詩人 Lio Grammaticus
EDIT  |  23:15  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2007.03/22 (Thu)

当たり前と感謝の関係 

当たり前の事に感謝する


ではなくて


感謝する事が当たり前だったんだ


言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus
EDIT  |  06:59  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑
2005.06/26 (Sun)

素晴らしい気付き 

お早うございます。今日も御訪問有難うございます。

十五回目の今日は、まず最初にお伝えしたい事から書きます。

先日御紹介致しました、実践プロコーチの野口嘉則氏のブログ、『幸せ成功力を日増しに高めるEQコーチング!』には、いつも大変参考になる記事が掲載されていますが、2005年06月25日付けの記事と、それによって気付いた事を皆さんにお伝えしたく、急遽この記事を書きました。


記事にはこの様な問いがありました。

>10年前のあなたが「自分の10年後(=今のあなたの生活)」を知ったら、
>どう思うかを考えてみてください。

>もし、10年前のあなたが喜ぶとしたら、あなたは望む人生に向かっている
>んですね。(おめでとうございます!)

衝撃的な質問でした。この質問に答える事で、私は自分が積み重ねて来た事の意義を実感出来たのです。

10年前の私はきっと喜ぶでしょう。自分には無理だと思っていた事が、ささやかながら実現しているからです。

そして私も、10年前の私に伝えたい事があります。

あなたが辛さのあまり、たとえ自暴自棄になっても、それでも頑張って生きてくれたから、私は今ここにいます。有難う。

あなたは自分が嫌いだろうけれど、私はあなたが好きです。

大丈夫だから、心配しないで今を生きて下さい。あなたが耐えた辛さがあるから、私は今、人生がどんなに楽しいか分かるのです。本当に有難う。


そして、その私を支えてくれた人達、今読んで下さっている皆さん、素晴らしい事に気付かせて下さった野口さんに心からお礼を申し上げます。

昨日お話しました、何事にも全力を出す事の意義についてはこの後の記事で考えます。
EDIT  |  07:02  |  気付き  |  TB(0)  |  CM(2)  |  Top↑
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